## 小説での蓮見琢馬の台詞です 命ごいするなよ たすけてくれって、懇願するところだったんだろう。そんなやつは、死ぬまで負け犬のままなんだ あんた、小学生からかつあげってのはどうかと思うよ。エロいこと目的で茂みにつれこんだのかとおもったよ その子からさあ、きたない手をはなせよ。どうせ小便してもあらってないんだろ 俺に見せてもらえませんか この本からぬけおちたものだとおもいます 文字の配列に見覚えがあったからな さっきの本がどんな内容の小説だか知らない。印刷されたページを記憶していただけだ。字面を記憶していることと、読んで理解していることはちがう 図書館にある本は、だいたいぜんぶ記憶している 昔ほどじゃない。今は、一日に一冊、おぼえるのが限界だ おぼえてないな めんどうくさいから、そう言っただけだ。訂正するよ。その日、俺はきみになんか会わなかった。四年前というと、一九九五年だな。その日の十月二十一日は土曜日で、午前中は学校だ。昼に施設のほうへ帰宅して…… 俺の家ってこと。帰宅したらずっとねむっていた。夜に天体観測をしようとおもって、やすんでおくことにしたんだ。きみはおぼえてないだろうけど、一九九五年のその日、オリオン座流星群が夜空に見える予定だったからな ナイフ? だれかとまちがえてるんじゃないのか? 俺は流星群のことで頭がいっぱいだった。夜空を光がよこぎるんだぜ。鳥よりもはやく。馬よりもはやく。まるでそれは、この世が終わるときの光景ににているんだ。そんな夜を前にして、きみをなにからたすけるっていうんだ? ナンバープレートをながめている。道路を行き交っている車の おぼえておいたら、もしものとき、やくにたつだろ。何時何分に、だれの所有する車がこの道を通ったのか それはできない。制服はもう、俺の体と同化してしまっている ここにすんだことはない。一度も 五年前まで、老人の夫婦がすんでいた 二人とも死んだ。はじめは奥さんが病気で。半年後に、あとを応用に旦那さんのほうが脳溢血で 娘がひとりいた。二十年ちかく前に失踪している。その人は、結局、もどってこなかった。ある日、忽然と、煙のように消えてしまった。よくある話だ。とくに杜王町ではね。知ってるか、この町、行方不明者がおおいんだ。そういう統計データがのこっている。一九九九年にはいってからの行方不明者は八十一人。うち四十五人が少年少女だ。まるで杜王町自身が、建物の陰で人間をひとりずつ食ってるんじゃないかっておもう。そんな数字だろ ちょっとした知りあいだったんだ。何度かバスの発着所でいっしょになって、顔見知りになっただけの。それよりも、千帆、腹がすかないか。あれを食べに行こう。きみのお気に入りの、あげたてで、穴があいてるやつだ。砂糖がまぶしてある、例のやつを あとそれから、俺に親戚なんているはずないだろ。俺には家族がいないんだから 最初からそんな本、存在しなかったんじゃないのか 読書だ。プルーストの『失われた時を求めて』 全巻、一字一句ももらさず、この中にはいっている 指先に紙の感触と、ページの重みがなければいやなタイプか。電子書籍の時代が来たら、とりのこされちまうな そうか。俺は別に、かまわないけど 幽霊? 魂の部分さえあれば、後はどうでもいいだろ 奇妙な本のことは、あきらめるってことか きみの資料さがしに、なぜ俺がつきあわなくてはいけないんだろうか さっき言ってた、気になるうわさ話の件か? つづきを聞こうか 車にひかれたような怪我がのこっていたんだろ そんなアイデアで、本一冊分、読者の興味がひけるとはおもえないけどな。しかし、どうしてそんな事件をしらべたい? 肩に痣があるんだ。ちかづいて、確認してみなよ。こういう痣のある赤ん坊を、あんたは、知っているはずだ すまない どうせ、いつすてようかと、まよっていたんだ すぐになおるだって? きみこそ、なにをしていた。とっくにかえってもいい時間だ それはくたびれただろうな きみはまっとうだな 掃除だ。うすぎたないゴミの きっと、怪我してたおれているやつが発見されたんだろうよ。不良たちが、いつもかくれてたばこをすっているという階段の踊り場で そんなことでなやんでるんなら、書かなけりゃいいだろう なんでそうおもう? 俺が記憶しているのは、数万冊の本そのもの、全ページにならんでいる文字の順序だ。それらはあくまでも本であって、小説とはちがう 体と心くらい、かけはなれてる だが、もしも人類史上、究極の小説があったとしたら…… ……その小説で、人を殺せるかもしれないな わかってる 駅に時計が設置されてる。それを見ればいいんじゃないか? おかしいな、今朝に見たときは、ちゃんとうごいていたはずだが…… ……いいんだ。きみには、万年筆のお礼があるからな あのとき、どんな手品をつかったんだ? 人の制服をべたべたさわるんじゃない きみがトイレのあとで手をあらったという保証はないだろう まあいい。今の時刻は、十六時四十分だ。バス、はやく来るといいな 行こうか 東方仗助君、という名前だね 有名人だから知っている。これもまた手品のひとつなのか? もとにもどる力を利用して、腕時計の留め金をはずしたな。たとえば、棒状にしたクリップを、留め金の隙間にさしこんでおいたとか きみは、おもしろいやつだな おい、自己紹介する必要がどこにある。俺たちは、時間を聞いた者と、時間を聞かれた者、ただそれだけの関係だ。それともきみは、街中で人に時間を教えてもらうたびに名前を聞いているのか? なぜ腕なんか見たい? なんのことか、さっぱりわからない。だけどきみは、本当におもしろいやつだよ 千帆、さっき、小説のことを質問したよな 俺がおもうに、小説というのは、文字がたくさんならんでできているんだ。文字という記号がつらなって単語が成立し、単語がつながって文章、文章がさらに連続して小説になっている。DNAの塩基配列みたいに、文字がながい一本の線になったもの。それが小説だとおもう きっと作家というのは、糸を編みこんで絨毯を仕立てるような仕事なのだろう。文字列のながい糸によって編みこまれた図形は、単純な視覚的イメージではなく、ある種の価値観であったり、言語化できない感情だったりするのだろう きみは感じたことないか、ストーリーの力を。一本のながい文字列が、大きくうねって、心をからめとり、遠くへつれていってくれるのを。本当に力のある小説を読むと、物語の登場人物が実在しているかのように感じられてくる。登場人物のくるしみやよろこびが、自分のことのように迫ってくる。登場人物の感情のたかぶりに、自分の心が同調する。登場人物が怪我を負ったり、友人にうらぎられたりするとき、読んでいるこちらもまた、。ほとんど肉体的な苦痛を感じることがある。それが【感情移入】だ。呪術師がお札に文字を書いて、相手の肉体にまで暗示をかけるのとにている。作家は【感情移入】で人を殺す 話が見えないんだが、もうかえってもいいだろうか あいつの前で言うなよ。頭のことを馬鹿にされたとおもわれるぞ こわれてやがる ほうっておけ。きっと、頭がどうかしているんだ そういえば、例の怪死事件のこと、まだしらべてるのか? 怪死事件よりは、おもしろそうな題材だ。この町には、奇妙な名所がたくさんあるんだな いいだろう。興味ぶかい。それに、どこかでやすまないと、風邪が悪化してぶったれてしまいそうだ おもいだせばいいだろう、食べていたときのことを ふつうはそんなものか きっと、神経が刺激されて、体が錯覚するのだろう。記憶をたどるだけで、満腹感も感じる どこかにはいるかもしれない。そういう超能力者が たとえば、その人物の能力で過去に飛ばされて、子供のころの自分に会うといったことも、おこりえるかもしれない。たまたまそれが雪の振る晩で、少年のころの自分が命をおとしかけていて、それを救うことだってできるかもな 再婚相手の職業は? 意外な選択だな すまない マジですみませんでした。反省してます。携帯電話の件は、そうですね、保証書を持っていけば修理してくれるかもしれませんよ ……いえ、本当にもうしわけないって、おもっています。かんべんしてください おい、なんて顔してる。不安なのか? じゃまだからあっちに行ってろ。俺はちょっとこの猿人類と話があるんだ まあまてよ。人間の言葉がわかるからって、人の話にわりこむのはマナー違反だぜ。おちついて彼女と話をさせてほしい。あとでちゃんときみの話は聞いてあげよう。それともなにか? いそいでるのか? このあと、故郷行きの船にでも乗らなくちゃいけないのかい? ジャングル行きの? こまったな、どうやらおこらせてしまったみたいだ。そんなつもりは、ひとかけらほどもなかったんだが あんたが天使の指輪をしていなければ、皮膚を傷つけて、そんな怪我をすることもなかったはずだ。うちにかえって鏡を見たらわかるだろうけど、俺の顔にできたのと、まったく同じ傷ができてるぜ。そのなぐられたような痛みは、あんた自身が、俺に体験させたものだ。あんたは、俺の【過去】を【追体験】したんだよ どうした? これまで何人もおなじようにして痛めつけてきたのに、どうして今晩のやつは恐怖していないのかって、ふしぎにおもってるのか? おい、あとずさりするなよ。 その顔のホクロ、見覚えがあるぞ。交番にポスターがはってあった。指名手配犯の似顔絵とそっくりだ。あんた五年前に強盗事件をおこしてないか? あんたを指名手配しているポスターは、すこし前にはがされちまってるな。だから安心してこういう場所をうろついてるのか? しない。だから、さっさとどっかに行っちまえ これは返す。あとそれから、ちゃんとわすれずにひろっていけよ。今すぐ病院に行けば、くっつくかもしれないからな 俺にかかわらなければ良かったとおもうときが、そのうちくるだろう そのうちわかる。生まれてきたことまでさかのぼり、後悔する 緊張はしていない。超わくわくしている 花を育てているのか つまらんことに、気づくやつだ 蓮見です。よろしくおねがいします。いつかあなたと、ゆっくり話をしたいとおもっていたんです 信じられないのか。証拠を見せてあげるよ。肩に痣があるんだ。ちかづいて、確認してみなよ 昔、すてた赤ん坊をさがして、どうするつもりだったんだ? 育てようとでもおもったのか? 乳児院に俺のことを問いあわせなければ、あんたは死なずにすんでいたんだ 原稿を読んでみなければわかりません 彼女が言ってました。お母さんがいなくなってから、あなたがよけい過保護になったって ……ただの手帳です。ポケットにいれてたんです。学生服の内ポケットに 意外とはいるものなんです。ポケットってやつは 奇妙におもわれるかもしれませんが、いくつか聞いてもいいですか? これまでになにか、ふしぎな力にまもられていると感じたことは? なにかまぼろしみたいなものを見たり、窮地にたたされたとき、信じがたい幸運にたすけられたり…… どういう意味です? どういう種類の幸運です? 【かくしもの】って、具体的には、どういうものだったんです 俺はてっきり、【かくしもの】って、あなたが手を染めてきた悪事のことを言っているのかとおもいましたけどね 俺は、あなたのことなら、なんでも知っているんだ ねらい? そんなの、決まってるじゃないですか…… 祝福してほしい、この俺を。あなたの家族の一員として、みとめてほしい 婚約ってことです。彼女とはもうそういう話をしている。作為的なことをするまでもなかった。もちろん、今ってわけじゃない。このさき、いつの日か…… なんでもない。ただ、もうそろそろかえろうとおもってね。そうでしょう、お父さん? さっきのこと、冗談ですよ。本気にしないでください 考えてみろ。一人娘に彼氏がいるって状況。この小説、どのあたりまで書きあがったんだ? これが書きあがったら、次の作品にとりかかるのか? どんなやつだ? 本当に? 入浴中にか? それは大変だな ところでこれが見えるか? きみには遺伝しなかったらしい。なんでもない、ひとり言だ プレゼントがある。わたす機会をうかがっていた これはジェットという石だ。【黒い琥珀】とも呼ばれている。石というよりも、実は樹木なんだが 何万年もかけて、化石になったものらしい。摩擦で帯電するから、古代人は、この石が魔力を秘めたものだとかんがえていた。魔を追い払うものとして身につけていたんだ おい、知ってるか。他人の読書を中断することくらい、重い罪はないんだぞ、虹村億泰君 このまま無視して小説を読みつづけてもいいんだが。犬とおなじで、あそんでやらないと、吼えまくってうるさいだろうし。いいだろう、相手をしてやる。きみのデータはあるんだ。身長一七八センチ、体重八十キロ、星座は天秤座。もうわすれているだろうが、俺の万年筆を靴でふみつぶしたよな。ところで、きみ、ちゃんと二年生に進級できたのか? きみの試験の点数を知っているんだが、いったいどうやったらあんな記録が出せるんだ? そこらのドブねずみのほうが、よっぽどいい点とるんじゃないか? 刈りあげた髪に、太い首……、まるで、トーテムポールみたいだな。その顔、小学校の運動場にあったトーテムポールの顔にそっくりだぜ。いつも悪ガキどもに小便ひっかけられてたっけなあ そいつが、消したのか? 【ザ・ハンド】という名前なのか、そいつ せっかくだから、お前にも名前をつけてやろう。俺の人生を、ずっとそばで見ていた、お前にも これから戦いがはじまる。【The Book】、用意はいいか 質問がある。さっき、玄関を塞いだのか? 仲間が来るんじゃなかったのか? この町には、何人の【スタンド使い】とやらがいるんだ? 理由を言えば、たちさってくれるのか? いい加減、読書に戻りたいんだが 俺のことは、ただの冷酷な殺人者とでもおもってろ なあ、億泰君さあ。昨年の初夏に、きみのお兄さんがなくなられたみたいだね。もしかして、誰かに殺されたんじゃないのか? 人からうらまれやすいタイプの人だったみたいじゃないか、きみの兄さん わるかったよ。おこったのか。血の気のおおいやつだな これはうわさ話なんだが、きみの兄さん、電線のうえで感電死してたんだって? そんなところでなにやってたんだ? のぞきの趣味でもあったのか? おい、だまってないで、なんとか言えよ 読書を阻んだきみのことを、うるさい犬ぐらいにおもっていた。しかし、これは卒業試験みたいなものだとかんがえておく。明日の朝には、母の復讐が終わり、真の意味で俺の人生はスタートする おい、ナイフは、ぶんなげればいいってもんじゃないぞ おまえの死んだ兄貴も、【スタンド】ってやつをもってたのか? 兄貴ってのは、きみにとってどんな存在だったんだ? すこし興味があるんだよな。俺にも妹がいてね。千帆って名前なんだ。きみのような顔の弟じゃなくて、ほっとしている。もしもそうだったら、不幸だったろうな 記憶力がいいほうじゃない? 反論したいところだが、まあいい。きみの兄貴、忍耐づよかったんだろうな。弟が、その顔で、おまけに頭も悪かったんだからな ……風邪でも、ひいたのか、億泰君 ここはずいぶん、寒いからな。急に風邪をひいたって、ふしぎじゃない。だが、あえておしえてやろう。もう決着はついたしな。たった今、きみの意識がつつみこまれた風景は、頭にふくれあがった【過去の時間】だ。きみの体はすでに信じ込んでいる。それが実際に起こったことだと 【The Book】は、自分でうごくことができない。なにせ本だからな。だからずっと自分の手にもっていた。だけど、遠くに行けないってわけじゃあない。三十メートルくらいの距離なら、離れていても消えない きみは、俺が本棚でつぶされても、きちんと二メートル以上の距離をたもった。しかし距離をたもたなくちゃいけなかったのは、俺からじゃない。【The Book】からだったんだ。きみは、【The Book】のページを視界にいれてしまったのだ 俺がそういう状態になったのは、十二歳のときだった。症状は、悪寒、発熱、頭痛、筋肉痛……。あと一分もかからずに、君は気をうしなうだろう。なあきみ、スペイン風邪って知ってるか? 一九一八年から一九一九年にかけて、ある病気が世界的に流行した。感染者六億人、死亡者数四千万人以上。それがスペイン風邪。現在の呼び名は、インフルエンザだ 勝てたのはきみのおかげだ。きみが俺に勝利をはこんできてくれた いまさら読書って気分じゃないしな。俺はかえらせてもらうよ。明日の用意をしなくちゃいけない。この町を出るためのね おい、言葉に気をつけろ。今のは、本に印刷することもできないような、やばい言葉なんだぞ 玄関を破壊してはいってきたのか? どうして俺の人生に首をつっこむ? きみらが俺に干渉したからだ お得意の手品か…… 一歩もうごかずに遠くからでもこちらを殺すことができるという圧倒的な力を見せつけたつもりか? いや、ちがう。きみは【クレイジー・ダイヤモンド】の性質の一端をさらけだしてしまったのだ。つまり、そいつは、あまり遠くには行けないってことだ ……しかし、奇妙なものだな。破壊と、再生か。両方同時にもっているなんて、危ういバランスだ。きみの性格がそうだからなのか? きみの精神には、分裂気味なところがあるんじゃないか? うわさに聞いたことがあるぞ。普段は温厚なやつだが、ブチギレすると態度が豹変するんだってな おもいあがりにも、ほどがある ページのめくれるほうが、はやい。そこの、無愛想な男が、拳をつきだすよりも ほおの傷、治療しないのか? それに、怪我はなおせるみたいだが、病気はなおせないみたいだな。億泰の症状をなおせないって、さっき言ったよな。生命はどうなんだ? 死んだ者を生きかえらせることはできないのか? きみに聞きたかったことがある。今をのがすと、もうこんな機会はないだろうからね 聞きたいことってのは、つまり、その髪型のことなんだが…… 世間話の延長みたいなもんだけど。きみがその髪型をしている理由、みんなのうわさ話で聞いたんだ。あれはたしか、四歳のころの、大雪の晩だったらしいね。今日とおなじような、世界が真っ白になった夜のことだよな 【彼】がいなければ、車はうごかなかった。きみはその晩に、死んでいた。本当に、謎の人物だよな…… この町のどこかに、今も【彼】がすんでいるとおもうかい 俺の能力は【The Book】という名前だ。自分の記憶を植えつけるだけじゃない。本当のつかい方は、もっとシンプルだ。本に書いてあるのは、自伝小説で、過去に俺が見聞きしたことやおもったことが書き連ねてある。いつでも好きなときに検索し、閲覧することができる。たとえば、はじめて会う人に【あなたとは何年前の何時何分何秒に道ばたですれちがいましたね、おぼえてないでしょうけど】なんてことをおしえてあげられる。この革表紙の本は、俺の人生そのものだ。生きてきた中で、視界にはいったものが、すべて記録されている きみが【彼】に会ったのは四歳のときだな。俺は当時、五歳だった。通行人の顔や、はしっている車のナンバーをながめるのが好きだった。今でも当時の光景を細部までおもいだすことができる。あのころの町並み、空の色、ながれていた音楽・・…。まだ四歳だったきみをつれて、きみの母親が買い物しているところだって俺はおぼえている。実は俺たち、この町の中で、何度もすれちがってたんだぜ。当時はきみのことなんて知らなかったがね。現在のきみや、きみの母親の顔を検索すると、どこですれちがっていたのかかがすぐにわかる 五歳の俺は、【彼】を目にしたはずだ。俺はこの町の住人の顔ぶれを、ほとんど全員、把握している。おさなすぎたころは不完全なデータしかないが、五歳のころだったら、まちがいなく、【彼】を見かけたはずだ 当時の高校生の顔は、まちがいなく全員、記憶している 書いてあるはずだ。まちがいなく まだ、【彼】のことを【The Book】で検索したことはない。きみのことをしらべる家庭で、そういう存在がいるってことは知っていたけど。もしもきみが許可してくれれば、今ここで、十三年前の記述を読んでみたってかまわないが、どうする? きみ、ずっとさがしていたんだろう? 今、ここで【彼】についてなにかがわかるかもしれないぞ。【The Book】を、ただひらくだけでいい 今から、【The Book】をよびだす。きみを攻撃するためじゃあない。きみの恩人をさがすためだ。だから、その無口は男はうごかすなよ ところで、さきに意見を聞いておきたいのだが。はたして【The Book】には、【彼】の記述があるだろうか、それともないだろうか…… このストーリーは、これからが重要なんだ。よく聞け。俺が過去を検索して、【彼】を見つけられたら、なにも問題はない。だが、そうでなかった場合……。【彼】を見つけられない場合、どういう事態をさすのだろうか? 俺は、当時、杜王町にすんでいたすべての人間の顔をほぼ把握している。中高生の顔なら完璧だ。前提条件として、それをみとめてもらわなくてはいけない。それでも、【彼】の記述が【The Book】になかった場合、俺に非はない。それはとても、ふしぎなことだけど。なぜなら、【The Book】に記述がない場合、当時、杜王町にいないはずの男が、あの晩にだけあらわれて、きみと母親の前に出現したってことになるんだから きみの母親は、【彼】にお礼をしようとおもい、さがしてみたんだろう。しかし結局は見つけられなかった。奇妙だとはおもわないか。めだつ髪型してるのに、なぜ見つけられなかったのだろう…… だれにもこたえられるはずがない。永遠の問題の解答が、この本には書かれている。今から【彼】のことを調査してあげよう。だが、ちらりとでも、考えたことはないか。【彼】なんて存在は、本当は、いなかったんじゃないかって きみの母親は、もちろん学校にも問いあわせてみたはずだよな。そういう髪型の生徒がいなかったかどうか。それでも発見できなかったのなら、【存在しなかった】とかんがえるほうが自然じゃないのか。それに【彼】は、まるで喧嘩したあとみたいに、傷だらけだったそうじゃないか。大雪の晩に、農道のまんなかで、【彼】はなにをしていたんだろうか。こいつは、できすぎた話だぞ。まるで時間SFの"複線"のようじゃないか。そこで俺は、【彼】の正体について、ひとつの仮説をたててみたんだ これはたんなる想像でしかないが…… 【彼】って、きみ自身だったんじゃないか? 父に復讐を。それだけをかんがえて生きてきた どうあっても、自分の拳のほうがはやいってことを、証明したいらしい だが、俺のほうがはやい 次は交通事故の記憶だ。きみは、この屋根のうえで、全身の骨をくだかれるだろう。今の怪我のうえに、そんなことになってみろ。まずたすからない